広告収入のビジネスモデルに頼らずにフリーペーパーの発行を続けていくことの意味と、「ばらばら。」が目指す関係性で構築する出版モデルについてシリーズで解説しています。
概要
質が下がった、低俗化した、つまらなくなった。そうした変化は、しばしば作り手の問題として語られます。しかし実際には、評価軸が変わることで、業界や仕事のあり方そのものが変化していることが少なくありません。この記事では、メディアに限らず、教育や農業、ソフトウェアなども例にしながら、「測れるものが価値になる」構造について考えます。
ポイント
- 質の低下は、しばしば評価軸の変化によって起きる
- 測りやすいものが価値になると、本来の目的が後退する
- 問題は質ではなく、何を評価しているかにある
様々な分野からみる評価軸の変化
ある分野が「つまらなくなった」「浅くなった」「本質を失った」と言われるとき、原因はしばしば人に求められます。
作り手の姿勢が悪い、最近の若者はよくない、業界のレベルが落ちた。
けれど、本当にそうでしょうか。
むしろ大きいのは、評価軸の変化です。
何が良いとされ、何が成功とされ、何によって比較されるのか。
その軸が変わると、現場の行動は大きく変わります。
メディアなら、PVやCTRや再生数。
教育なら、偏差値や点数。
農業なら、収量や規格。
ソフトウェアなら、DAUやCVR。
それぞれ、本来の価値とは別の、測りやすい指標が前面に出てきます。
もちろん、評価軸そのものが悪いわけではありません。
指標があることで改善が進み、意思決定がしやすくなる面もあります。
問題は、それが本来の価値そのものだと勘違いされることです。
たとえば教育で、点数が重視されすぎると何が起きるか。
学ぶことそのものより、点を取ることが目的になります。
農業で、収量や規格だけが重視されると何が起きるか。
味や多様性や土地との関係よりも、効率や均一性が優先されます。
メディアでも同じです。
読まれるか、クリックされるか、拡散されるか。
そこに強く最適化されると、情報は本来の意味や文脈を失い、反応を得るための形式へ寄っていきます。
「何によって評価されるか」を問い直す
これは偶然ではなく、評価軸に対する合理的な適応です。
つまり「低俗化」は、誰かが悪いというより、そうなるように設計されている結果でもあります。
この視点で見ると、「ばらばら。」の2025年の受賞はとても興味深い結果です。
一般的には、WEB投票で多くの票を集めたという事実だけが見えます。
しかし、その背景にあったのは、商店街、参加者、学校、掲載店舗、ファンといった関係性の広がりでした。
ここで評価されていたのは、誌面の完成度だけではありません。
どれだけ関わられ、応援され、自分ごと化されているかという、別の価値だったのです。
評価軸が変わると、勝つものが変わります。
そして勝つものが変わると、目指されるものも変わります。
だから重要なのは、「何をつくるか」だけではなく、「何によって評価されるか」を問い直すことです。
本来の価値を守りたければ、評価軸の設計から考え直す必要があります。
測れるものは便利です。
しかし、測れることと、大切であることは同じではありません。
そこを見失うと、あらゆる分野で本来の価値が痩せていきます。