広告収入のビジネスモデルに頼らずにフリーペーパーの発行を続けていくことの意味と、「ばらばら。」が目指す関係性で構築する出版モデルについてシリーズで解説しています。
概要
「ばらばら。」では、参加者自身が企画し、取材し、編集し、制作するという形がとられています。これは単なる制作体験ではなく、複数の視点や役割をまたいで考える力を育てる実践でもあります。この記事では、この横断的な体験を、現代におけるリベラルアーツの実践として捉え直します。
ポイント
- リベラルアーツの本質は、複数の視点をつなぐことにある
- 制作を一通り経験することは、分断されない知を体験することでもある
- AI時代に価値を持つのは、情報を編集し意味づけする力である
ひとつの専門に閉じず、異なる知や役割をつなぐ
リベラルアーツという言葉は、教養や一般教育として理解されることが多いですが、その本質は「複数の視点を横断して世界を理解する力」にあります。
ひとつの専門に閉じず、異なる知や役割をつなぎながら、全体を捉える。
それがリベラルアーツの重要な側面です。
「ばらばら。」を企画・制作するのは、伝えたいことをデザインして世の中に発信したいと思っている未経験の人たちです。こういった人たちを応援するばらばらアカデミーのコンセプトは、教えるのではなく体験のサポートです。誌面作りに必要なアプリケーションの使い方を教えるわけではありません。教育マニュアルに沿って教える方法は、知識が偏ってしまい本来の表現力を抑え込んでしまう可能性が高いからです。教わるということより、自分が表現したいことを実現するためには何が必要かを考えて行動する方が、知識はその人の財産として蓄積します。未経験だからこそ、経験者にはない発想があります。そういった潜在的な能力を解放するために、教えるのではなく、応援するという考え方になります。
また、現代の仕事は、逆にどんどん専門化しています。
企画は企画、取材は取材、編集は編集、デザインはデザイン、営業は営業。
役割が細かく分かれていること自体は悪いことではありません。
専門性は、質を高め、仕事を深めるために必要です。
しかしその一方で、分業が進みすぎると、自分の前後で何が起きているのかが見えにくくなります。
その結果、全体像がわからないまま、与えられた部分だけを処理する仕事になりやすい。
そこで失われるのが、「なぜこれをやるのか」「この工程は何につながるのか」という感覚です。
ばらばらアカデミーはメディア全体を見渡す体験を重視
「ばらばら。」の制作体験は、そこに対して別のあり方を示しています。
参加者は、企画し、取材し、書き、編集し、形にし、配布にも関わります。
つまり、一連の流れを自分の身体で通ることになります。
これは単にスキルが増えるという話ではありません。
情報がどのように生まれ、整理され、意味づけられ、人に届いていくのかを、自分で追体験することに意味があります。
この体験の中で鍛えられるのは、「編集する力」です。
編集とは、情報を並べることではありません。
選び、つなぎ、関係づけ、文脈を与え、意味をつくることです。
AI時代には、情報を生成すること自体はますます簡単になります。
文章を作る、画像を作る、要約する。
そうした作業は効率化されていくでしょう。
しかし、何を選び、何と何をつなぎ、どのような意味を持たせるかという判断は、簡単には自動化されません。
だからこそ、横断的に考え、編集する力が重要になります。
「ばらばら。」が提供しているのは、誌面制作の機会だけではありません。
分断された役割を一度またぎ、全体を見渡しながら意味をつくる体験です。
それは、現代におけるリベラルアーツの実践と呼んでもいいのではないかと思います。